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市場動向2026.09.2113 min read

「AIで勝つ」とは、どちらのレースの勝ちか

資本の競争と、行動の競争——2つの別レースの構図と、日本企業の現在地

この記事で分かること

  • 「AIで勝っている」という言葉が、実は「資本の競争」と「行動の競争」という2つの別の競争を混ぜていること
  • 米国が2025年の民間AI投資2,859億ドルで圧倒する「資本の競争」と、EY調査が示す「行動の競争」の違い
  • 日本の業務利用86.4%が、どちらの競争の話なのか
  • 自社のAI活用を測るとき、予算・本社・エンジニアリング拠点以外に見るべき指標

01「AIで勝つ」が2つの別レースに分かれた

「AIで勝つ」——この一言を、一度立ち止まって考えてみてください。

実はこの言葉は、いま2つの別の競争を指しています。ひとつは資本の競争。もうひとつは行動の競争です。そして、この2つの勝者は同じとは限りません。

設備が最新マシンでそろう巨大なジムを想像してください。会員になっても、通わなければ体は何も変わりません。逆に、設備が古くても毎日通って動きを続けた人は、確実に体が変わります。AIの競争も、これと同じ構造だと私は見ています。

資本の競争は、技術を作り、投資し、供給する側の競争です。モデルの開発力、データセンターへの投資、優秀な人材の獲得で勝敗が決まります。ここでの勝者は、投資額が最も大きい国・企業です。ジムでいえば、設備の充実ぶりの競争です。

行動の競争は、人々が実際にAIを使い、働き方を変える側の競争です。利用の広がり、自律型AIへの委任、トレーニングの浸透、そして定着で勝敗が決まります。ここでの勝者は、投資額ではなく、人々の行動が先に変わった国・組織です。ジムでいえば、通い続けて体を変える競争です。

この2つを混ぜたまま「どの国がAIで勝っているか」と問うと、答えが曖昧になります。投資で勝つ国と、行動で勝つ国が別々に存在するからです。この分岐を最初に指摘したのは、EYのAI調査を引用した Dr. Joerg Storm の投稿(2026年、二次情報)です。本記事は、その枠組みを EY調査のデータと日本の公的統計で裏取りしたうえで、日本企業の意思決定に接続します。

02レース1・資本の競争——お金をかけるほど、その差は開く

資本の競争の現在の勝者は、米国です。スタンフォード大学 HAI の『2026 AI Index Report』によれば、米国の2025年の民間AI投資は2,859億ドルで、世界最大でした。これは中国(124億ドル)の約23倍に相当します。

この投資は、モデル開発、データセンター、半導体、人材獲得に振り向けられ、次の世代の技術を先に作る力になります。資本の競争の勝敗は、この投資の規模と配分でほぼ決まります。日本の企業がこのレースに資本の規模で追いつくことは、現実的には想定しづらい領域だと私は考えています。

ただし重要なのは、資本の競争の勝者が、行動の競争の先頭にいるとは限らない点です。次章で見る EY の調査では、米国はむしろ「行動の競争」の先頭グループから外れています。

03レース2・行動の競争——EY調査が示す「Pioneer市場」

EY は2026年3月、『2026 AI Sentiment Report』を発表しました。EY Studio+ が23市場・18,152人を対象に実施した調査で、AIの利用と認識を測ったものです。

全世界の集計では、過去6カ月間にAIを利用した人は84%、人の介入なしに行動するAI(自律型AI)を利用した人は16%でした。利用は実験の域を超え、委任の段階に入りつつある、とEYは読んでいます。

この調査は、市場ごとの進み方の差も示しています。EYは8つの市場を「Pioneer市場」と名付けました。インド、中国本土、ブラジル、メキシコ、サウジアラビア、UAE、香港、韓国です。この8市場では、AI利用が94%、自律型AIの利用が24%、有意なAIトレーニングまたは関連教育を受けた人が36%に達します。

注目すべきは、米国がこのPioneerグループに入っていないことです。EYの区分では、Pioneer以外の市場は「Transitional」(移行期)と「Lagging」(遅延)に分かれます。米国がそのどちらに位置するかは公表資料では特定されていませんが、Pioneerグループに入っていないこと自体が、資本の競争と行動の競争の分離を示しています。

Pioneer市場に共通するのは、投資規模ではなく、人々の行動が先に変わっていることです。AIを日常の意思決定に組み込み、自律型への委任を試し、トレーニングを受けて使い方を学ぶ。この「行動の先取り」が、資本の競争とは別軸で進んでいます。

04日本の現在地——86.4%は、どのレースの話か

日本は、このEY調査の23市場に含まれています。ただしPioneer市場には入っていません。日本の「行動の競争」での現在地を、公的統計で確認します。

総務省『令和8年版 情報通信白書』(2025年度企業向け調査)によれば、何らかの業務で生成AIを利用している日本企業は86.4%です。この数字は、前年調査の55.2%から大きく上昇し、比較対象3カ国(米国・ドイツ・中国)との差も縮まりました。導入という論点は、大半の日本企業で終わっています。

ただし、この86.4%は「行動の競争」の勝利を示すものではありません。同じ調査で「組織的な取組はない」と回答した企業は27.0%(図表Ⅰ-2-1-3)、期待する効果は「業務の効率化」61.6%に集中しています(図表Ⅰ-2-1-10)。利用は広がったが、組織としての取り組みと、働き方の再設計は追いついていない、という構図だと私は読みます。

PwC Japanの『生成AIに関する実態調査2026 春 6カ国比較』でも同じ方向が確認できます。「期待を大きく上回る」効果を創出している企業は日本が9%で6カ国中最も低く(米国38%、英国32%)、効果を財務的な還元につなげている割合も40%で最下位でした。

ここで注意が必要です。EY調査の94%と白書の86.4%は、調査対象が異なります。EYは個人(消費者・従業員としてのAI利用)を、白書は企業(業務での利用)を測っており、両者を直接比較することはできません。加えて、EY調査はインターネット普及率が低い市場(インド・中国本土・ブラジル・日本)では、インターネット利用者を代表する結果です。日本の86.4%は「企業の業務利用」、EYの94%は「Pioneer市場の個人のAI利用」という、別のレイヤーの数字として読む必要があります。

それでも、日本の現在地の輪郭は見えます。日本の86.4%は、資本の競争の成果でも、行動の競争の勝利でもなく、利用の広がりです。行動の競争の指標である自律型への委任、トレーニングの浸透、働き方の再設計は、日本ではまだ進んでいません。本シリーズの『成果問題』の回で示した「導入は済んだが成果に届かない」という構造は、この「行動の競争で遅れている」状態の言い換えです。

05企業への示唆——「どの国」ではなく「どの組織」で働き方が変わるか

2つのレースの構図が企業の意思決定に与える示唆は、3つあると私は考えています。

示唆1:AIロールアウト先の選定は、予算・本社・エンジニアリング拠点で決めない。Dr. Joerg Storm の投稿が指摘するように、AIロールアウトの最適市場は、AI予算・本社・エンジニアリングチームがある場所とは限りません。採用は、馴染み、スキル、信頼、委任への意欲で決まります。グローバル展開を進める企業は、Pioneer市場のような「行動が先に変わっている」地域から入る選択肢を検討すべきです。

示唆2:自社の「行動の競争」は、利用の広がりではなく定着で測る。日本の86.4%のような利用の広がりは、行動の競争の入口にすぎません。行動の競争の勝敗は、自律型への委任がどの範囲で始まるか、トレーニングがどの層に浸透するか、働き方が実際に再設計されるかで決まります。測定指標を「利用者数」から「委任の範囲」と「定着した業務の数」に移す必要があります。

示唆3:トレーニングは、投資ではなく行動の競争の武器として扱う。EY調査のPioneer市場では、36%が有意なAIトレーニングまたは関連教育を受けています。トレーニングの浸透が、自律型への委任と利用の深さを支えています。日本の企業は、トレーニングをコストではなく、行動の競争の先行投資として位置づけ直す必要があります。

06Gensparkの視点——行動の競争は、組織の内側で起こる

ここまで、2つのレースの構図をデータで見てきました。ここから先は、Genspark の社員として書いている私の見方です。出所は、当社の公式ブログと、共同創業者兼CTOである Kay Zhu のインタビュー(The Data Exchange)です。

見方1:行動の競争は「利用の広がり」ではなく「委任と定着」で測る。当社の共同創業者兼CTO Kay Zhu は、チャットに置いたAIは人が「人として」扱うようになると述べています。当社の社内では、グループチャットで「これをやって、覚えていて」とAIエージェントに声をかけるように依頼します。これはツールの利用ではなく、同僚への委任に近い接し方です。行動の競争の成績を測る物差しは、利用者数ではなく、この「委任の範囲」であるべきだと私は見ています。

当社の法人顧客に見られるAI活用の傾向を整理すると、この「委任の範囲」の推移は次のようになります。

なお、数値は当社の法人顧客に見られるAI活用の傾向を、読者が自社の状況に当てはめて使えるように整理した社内推計(2026年・概算値)です。実測の統計に基づくものではなく、傾向を示すための例示値です。

Table 1 — 当社の法人顧客から見た「行動の競争」の成績の推移(社内推計・例示値・2026年概算)
指標3カ月後6カ月後12カ月後
AIトレーニング受講者(累計)150人450人1,200人
うち週次でエージェントを利用する人15人(10%)160人(36%)700人(58%)
委任が定着した業務プロセス数31231

ここで重要なのは、受講者数ではなく「週次でエージェントを利用する人」の割合です。トレーニングの受講は行動の競争の入口であり、委任の開始が成果に近い指標だと私は見ています。受講者数と委任の開始率の差が開く場合、トレーニングの内容か、委任を阻む業務設計に問題があると読めます。

見方2:トレーニングの本質は、反復的な分割思考の教育にある。Kay Zhu は、非技術系のユーザーは複雑な課題を一括で依頼してしまい、小さな単位に分割して反復する思考を持たないと指摘します。この分割・反復の思考は、ソフトウェアエンジニアリングの経験で身につくものです。EY調査のPioneer市場で36%が有意なAIトレーニングを受けているという数字は、この「思考の教育」の浸透として読むべきです。トレーニングの本質は操作の習得ではなく、委任の設計の教育にあります。

見方3:段階的な権限委譲が、定着の設計である。Kay Zhu は、AIの採用は段階的に進むと述べています。新入社員を育てるように、最初から完全な自律は与えず、出力をレビューしてから委任の範囲を広げます。当社は1ユーザー1VM(一人につき一つの独立した仮想環境)の分離で、どのアカウントにどの範囲の権限を委ねたかを明示できる設計にしています。行動の競争の勝敗は、この「段階的委譲」をどれだけ設計できるかで決まります。

見方4:固定ワークフローよりエージェント——「働き方の再設計」の形。当社の設計思想「Less Control, More Tools」では、ワークフローは想定外の事態で壊れエラーが累積する一方、エージェントはエラーから回復できるとされます。固定的なルールは能力の天井を下げる。当社は500万ユーザーを抱えたAI検索を終了させ、固定フローから、複数のAIエージェントを流動的に組み合わせる方式へ移行しました。「従来のAI検索は陳腐化しつつある」という判断です。この固定から流動への移行は、行動の競争における「働き方の再設計」の具体形だと私は見ています。

経済性の軸:成功タスクあたりのコスト。当社のCTO記事「The AI Efficiency Frontier」は、AIの経済性を「成功タスクあたりのコスト」で測ると主張します。タスクに応じてモデルを自動で振り分ける、追加学習で特定の仕事に強くする、成果を変える場面にだけ費用をかける——この3段構えで、動かすときのコストを管理します。2025年10月に Fireworks AI と共同で実施した Kimi K2 の強化学習による微調整では、コスト50%減・ツール呼出33%増という結果が出ました(当社の内部評価値)。行動の競争は、この経済性の持続がなければ続きません。

この一連の見方は、EY調査が示す「行動の競争」の構図と方向が一致します。資本の競争が投資額で決まるのに対し、行動の競争は組織の内側の設計で決まる。この点で、私の見方は本記事の分析と接続します。

07まとめ——2つのレースを同時に走る

冒頭の問いに戻ります。「AIで勝つ」とは、どちらのレースの勝ちか。

答えは「2つの別のレースで、勝者が違う」です。資本の競争は米国が民間AI投資2,859億ドルで圧倒し、行動の競争はEY調査のPioneer市場が先行しています。勝者は同じとは限りません。

日本の企業にとって、資本の競争は資本の規模で追いつくことが難しい領域です。しかし行動の競争は、投資規模ではなく、働き方の再設計と定着で決まります。日本の業務利用86.4%は、この競争の入口に立った状態です。次の勝敗は、自律型への委任をどこまで進めるか、トレーニングをどの層に浸透させるか、働き方を実際に変えるかで決まります。

「どの国がAIで勝っているか」という問いをやめて、「どの組織で、働き方を変える準備ができているか」を問う。それが2つのレースの構図が日本企業に突きつける、最初の行動だと私は考えています。

この記事を読んだあと、自社のAI活用を「導入できたか(何%利用)」ではなく「何をAIに委ね、何が定着したか」で一度測り直していただけたら、書いた意味があります。

08FAQ

Q1. 米国が投資で圧倒しているのに、なぜ行動の競争でPioneer市場が先頭なのですか。

投資と行動は別のレースだからです。投資は技術を作る側の競争、行動は使う側の競争です。EY調査は、利用の広がり・自律型への委任・トレーニングの浸透という行動の指標で市場を区分しており、投資額とは独立しています。米国は資本の競争の勝者ですが、行動の競争では先頭グループの外にいます。

Q2. 日本の業務利用86.4%とEYのPioneer市場94%は比較できますか。

できません。白書の86.4%は企業の業務での利用、EYの94%は個人のAI利用という、調査対象が異なります。またEY調査は、日本を含むインターネット普及率の低い市場ではインターネット利用者を代表する結果です。2つの数字を足し引きせず、別レイヤーの指標として読んでください。

Q3. 「行動の競争」は企業として具体的にどう勝てますか。

3つの指標に分解できます。自律型への委任の範囲(どの業務をAIに任せるか)、トレーニングの浸透(どの層まで使い方を学んでいるか)、定着した業務の数(働き方が実際に変わったか)です。利用者数ではなく、この3つを測定・管理することが行動の競争の勝ち方です。

Q4. EY調査の自律型AI(16%・24%)は何を指しますか。

人の介入なしに行動するAIシステムの利用です。具体的には、AIエージェントによる商品購入(10%)、自動の買い物カート補充や銀行業務の管理(11%)、自動運転車両の利用(9%)などが挙げられています。全世界で16%、Pioneer市場で24%です。

Gensparkについて

本記事の論点は、ツールの選定より前に決めておく事項です。行動の競争は、業務の再設計と定着で進むものであり、基盤の導入では閉じません。そのうえで基盤側に求められるのは、業務ごとに構成を選べること、社内の情報に接続できること、企業として説明できるガバナンスが揃っていることで、Gensparkは70以上のLLMを横断して使える法人向けAIプラットフォームとして、Workspaceでの成果物作成、Salesforce・Google Workspace・Microsoft 365との連携、Enterpriseプランでの権限設定とガバナンス機能を提供しています。

どの業務を自律型に委任するか、トレーニングをどの層に浸透させるか、働き方をどう再設計するかは、本記事の2レースの枠組みで先に決める事項です。GensparkのWorkspaceはリサーチから成果物までを一つの環境で扱い、連携機能で社内の情報を業務に接続できますが、委任の範囲と定着の設計は、本記事の診断で決める範囲です。

自社の要件に照らした実現可否は、既存システムと社内規程を前提に個別の検討が必要です。カスタム導入、契約条件、セキュリティ要件については営業担当にご相談ください。

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